2015年05月04日

平和なくして平等なし・市川房枝さんの生涯

5月3日、日本国憲法の施行から68年、憲法記念日にちなむ集会が各地で開かれたことが新聞記事を埋め尽くしています。
4月26日投票日の岐阜市議会議員選挙、当選の結果が出てからのこの1週間、議席を頂けたことに感謝しながら、自分の今後の姿勢の原点を見直す中、市川房枝さんの生涯と女性参政権の重みを感じています。
選挙戦では「介護」「子育て」「防災」「岐阜市の魅力」と4本柱を訴え、最後に女性が参政権を得てから70年の今、1票の貴さ、投票への参加も呼びかけさせて頂きました。
日本の女性が参政権を手にしたのは第2次世界大戦の敗戦後、1945年12月に制定された新選挙法によってで、1947年施行の新憲法によりはっきり根拠づけられました。
この女性の参政権を得るまでには、平塚らいてうや市川房枝さんらの血のにじむような活動がありました。
市川房枝さんは1981年2月11日、87歳で亡くなられました。参議院議員全国区当選2回、東京都選挙区当選3回という政治家活動の中、平和活動や汚濁政治の撲滅に尽力されました。
市川さんの生涯を伝える映画「87歳の青春」の上映会を亡くなられた翌年、私も会員の岐阜市女性問題連絡会で開催しました。その時のポスターをご紹介します。
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まだまだ女性議員が少ない中、私は政党、組織ではなく身近な市民、友人たちの手作り選挙を貫いています。
その底にあるのは市川さんたち先輩の方達からの「平等なくして平和なし、平和なくして平等なし」「婦人(女性)参政権が平等で平和な社会を築く手がかり『鍵』である」に同感しているからです。
戦後1945年9月生まれ、平和を願う「和江」と命名してくれた両親の心を原点に、これからの四年間、一市民の皆さんのご意見を議会に届けるために精一杯頑張ります。
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posted by 高橋かずえ at 00:00| 岐阜 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする