2014年09月24日

岩手県陸前高田〜石巻市雄勝町の震災復興状況

21日からきのう23日まで、東日本大震災後の岩手県、宮城県の復興の状況を駆け足ですが見てきました。
 
石巻市雄勝町の女性ボランティア「浜のおばちゃん」と支援の交流をけている岐阜市のグループの方たちのお声掛けを頂いての参加です。
 
バスでの3日間、初日は夕方出発し、車中で、睡眠、3日目の夜10時岐阜着、途中2時間ごとに休憩し、早朝には、地域のお風呂をお借りするなど、工夫が凝らされ、疲れもあまりなく家に戻れました。
 
私にとっては震災後、3度目の東北訪問です。
 
震災の4ヶ月後の7月、多くの方の義捐金を直接仮設住宅にお届けしたのがの1回目でした。どこも壊れた家屋、コンクリートのがれき、ぺしゃんこになった車の山の連続で言葉が出ませんでした。
 
そして翌年の2012年9月には岩手県で開かれた自治政策講座に参加し、前岩手県防災危機管理官の越野修三氏の案内で県内を視察させて頂きました。このときは建物の撤去にあわせて草原が広がり始めているという様子でした。
 
震災から3年半がたった今回、被害があったところでは大がかりな「かさあげ工事」が行われていて、蛸の足のようにのびたベルトコンベアーがまるで工場のような印象を与えていました。ひっきりなしにトラックがいきかい、砂ぼこりをあげていました。
 
以前も訪れた大川小学校近辺も堤防道路が改修され少し離れた農地では金色の稲穂が重くたれていてその風景を見ると、電柱が道路に横たわり車が通れなかった1回目の印象と重なり合いませんでした。児童74人が死亡したこの大川小学校でお参りをさせて頂きましたが慰霊に多くの方が訪れた以前と違い、最近は少なくなったとかで、この日も私たちのバスしか駐車していませんでした。
 
(大川小学校)
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被害にあった方たちの中では「うつ」になられる方がこの頃多くなり、人に逢うのを避け、家に引きこもる人へのフォローが必要だと、地元の方が話していました。そんな中、石巻市雄勝に住む柴田登美枝さんは地元の人たちが元気を取り戻してもらえるよう、民芸品のお土産つくりや、とれたての海産物の宅配販売を広げようと、「浜のおばちゃん」というボランティアグループをたちあげ、熱心に活動を続けてらっしゃいます。この季節、さんま、ホタテ、アワビ、ちょっと高級な海草まつもや、おばちゃんたちの手作りのお惣菜で歓待してくれました。
 
今回、柴田さんと出会え、私も岐阜のおばちゃんから預かった手作りのタワシやアクセサリーをお渡しでき、橋渡しができたのがよかったです。
 
(浜のおばちゃん方と)
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(柴田登美枝 さん)   
 
この縁を大事に、岐阜と雄勝町との交流を広げれたらと思っています。
 
 
 
posted by 高橋かずえ at 16:45| 岐阜 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする